校長が語る Cross Talk

大阪国際学園の源流である大阪国際滝井高等学校は昨年創立90周年を迎えた。学園が次なる100周年に向かい、新たな歩みを進めていこうとする中、本年4月に松下寛伸が新校長に就任。時代が大きく変化しようとしている現在(いま)、歴史と伝統ある滝井高校がどうあるべきか、滝井生をどのように導いていくべきか。
大阪国際学園の理事であり、学園と同様に長い歴史と伝統の事業を担われている、菊正宗酒造の当主嘉納治郎右衛門氏と語り合ってもらった。

嘉納治郎右衛門
(以下、嘉納)
松下校長はこれまで銀行にお勤めだったとお聞きしました。銀行員から高校の校長になるというケースは珍しいのではないですか。
松下寛伸
(以下、松下)
私は三菱UFJ銀行に30年間勤めておりました。自分から銀行をやめて校長になっている人は何人かいるらしいですが、私のようにその学校法人さんと銀行とのお取引関係からご縁をいただく形で校長に就任しているのはUFJではわたしが初、他のメガバンクにもいないと聞いています。銀行にも毎年大勢の新入社員が入社してきます。高校生よりは少し年代は上ですが、この若い世代をどう指導・育成していくか、それがとても重要なことであり、情熱をもって取り組んできたつもりです。滝井高校に着任する前に、本学園の奥田理事長のお考えを聞かせていただき、創立90周年行事も見させていただきました。大変共感するところが多く、本学園で次代を担う人材の教育に是非携わらせていただきたいと思い、着任しました。菊正宗さんも若い社員さんは多いのですか。
嘉納
そうですね。徐々に増えてきています。日本酒造りはこれまで杜氏という専門職人が担ってきました。春から夏にかけてはそれぞれの地元で農業をし、秋から冬にかけて出稼ぎに来て杜氏をやるのです。しかし、そうした生活様式はすっかり様変わりし、今は杜氏と呼べる人はほとんどいない状態です。そのために、杜氏の世界でこれまで脈々と引き継がれてきたその技術を、社内で継承し若手に引き継いでいかねばなりません。伝統的な現場の雰囲気とは少し変わってきていますが、若い社員は当社の屋台骨を支えるこうした分野でも活躍してくれています。
ところで滝井高校は女子校ですよね。
松下
はい。銀行も女性が非常に多い職場でしたし、お取引先の様々な業種・職種の女性方にもお会いしてきました。社会に出る一歩前段階でのキャリアサポート面や実社会での経験を踏まえた講話など、滝井でも活かせるものは多いと思っています。
嘉納
なるほど。滝井のよき伝統でもあるキャリア教育がより強化されることを期待しています。
松下
ありがとうございます。菊正宗さんでも女性社員が活躍されているそうですね。
嘉納
はい。日本酒業界は食生活の欧米化や酒類の多様化、そしてライフスタイルの変化などの影響で大きな岐路を迎えています。これからの時代、若年層や女性層に注目される存在でないと生き残っていけません。消費をけん引するのはやはり女性ですから、女性から見た観点というのは経営にも欠かせません。また、日本酒の新しいマーケットやニーズの創出ということで、日本酒の成分や発酵技術を活用した化粧品や健康食品の開発、販売もおこなっています。これからも女性の活躍の場はどんどん広がっていくと思います。
松下
なるほど。日本酒業界は伝統産業という印象が強かったですが、色々な取り組みをされているんですね。
嘉納
伝統とは今までと同じことをし続けるということではありません。酒造りの技術についても各時代で変化を加えてきましたし、常に時代の要請に合わせた新たなチャレンジを行ってきたつもりです。そうした柔軟性を持ち合わせていることも、伝統だと思います。
松下
「大切にしないといけない伝統」と「変わっていかなければならない部分」をどう若い人に伝えておられるのでしょうか。
嘉納
「守らないといけない」ということは言わないようにしています。勝手に守られるというか、「何も言わなければみんなが守る」と私は思っています。古い会社ですので、脈々と先輩方から引き継いだものがあります。しかし、私はあえてみんなにそれらを守らなくてよい、と言っています。老舗とか伝統とは「革新の連続があるからこそできるもの」と考えています。
松下
おっしゃる通りですね。私の銀行員時代を振り返ってみましても、入社したころと今ではまったく違います。時代は大きく変わりました。経験が生かせる部分はもちろんありますが、それだけではやっていけない、詰め込みの知識だけでは立ち向かえない難しい世の中になってきました。これからはますます混沌とした時代が待っているでしょう。しかし、そんな時に私がいつも信じていたのは若い世代の力です。どんなに難しい時代でも、その時代に一番合った感性を持っているのは、まさにその時代を生きている若者です。若者の可能性は無限大です。若者は時として、われわれの想像を超える驚くような結果を出すことがあります。そうした若者を育成できるよう、われわれ大人世代は若者世代に気付きを与え続けなければなりません。

嘉納 次郎右衛門(写真:左)
株式会社 菊正宗 代表取締役社長 第12代当主
平成29年6月より現職、令和元年創業360年を迎えた
平成30年6月 大阪国際学園 理事・評議員に就任
松下 寛伸(写真:右)
大阪国際滝井高等学校校長
30年間の三菱UFJ銀行勤務(最終、上野支店長)を経て、
令和元年12月より本校副校長、令和2年4月より現職

嘉納
若い世代には期待したいですね。わたしの会社でも新しいチャレンジや企画を行う際は、基本的に私は口を出しません。従来の枠にとらわれない柔軟な発想を求めたいからです。そしてそのことが当社「らしさ」につながっていくと思います。「らしさ」は形がないものですので、変わっていくものでもあります。若い力がまた新たな革新につながっていくと思っています。
ところで、松下校長はこれからの時代に必要なこととして、滝井生に何を伝えていこうとお考えですか。
松下
はい。滝井の教育方針に「凛とした美しい人づくり」というものがあります。「凛とした人」とはどういう人か。私はそれは、人を敬い、そして自らの考えをしっかりと持ち、その考えをもとに社会に貢献できる人だと思います。私は校長に就任以来、生徒に三つのことを言っています。一つ目は、何事にも好奇心旺盛に関心を持つこと、二つ目は、まずはやってみようとのチャレンジ精神を持つこと、三つ目は先生や友だちとしっかりコミュニケーションをすること、その一歩としてまずは挨拶をすることです。人は好奇心が豊かでないと感性が磨かれません。色々なことに関心を持つと、自ら考える力も身に付きます。
嘉納
なるほど。その時に大事なことは何でしょう。
松下
素直な心です。そして謙虚な姿勢です。人は高校生だろうと大人だろうと、知ったかぶりをしがちです。これが一番いけません。知らないこと、分からないことは、そう言える勇気が必要です。「それって何?」の精神です。そうすれば世界が広がっていきます。
二つ目のチャレンジ精神は、若さの特権を生かして、失敗してもいい、自分の気になったことはまずはやってみようという姿勢を持つことで、行動力と挑戦心を身につけて欲しいという思いです。
嘉納
よくわかります。三つ目の挨拶とはどういうことでしょう。
松下
これからの世の中はグローバル化やデジタル化がさらに進むと思いますが、一方で人と人の結びつきもより重要になってきます。そうした時に、自分の思いを相手に伝え、相手のこともしっかりと理解する能力、つまりコミュニケーション能力がより求められることになります。しかし、今の高校生でコミュニケーション能力に長けた人はあまり多くはありません。どちらかというと、苦手にしている人の方が多いのではないでしょうか。コミュニケーションの何が難しいのか。それはまずはその取っ掛かりの部分、最初に話しかけることが難しいのです。コミュニケーションの第一歩は挨拶です。挨拶もしたことがない人と気軽に話せるでしょうか。挨拶の中でも一日のうちでまず最初にするもの、「おはよう」の挨拶をきっちりとしようと話しています。「おはよう」の挨拶をすれば、その後はその人と話ができる。毎日それを繰り返していれば、自分の考えを相手に伝える力もついていきますし、相手の気持ちも推し量れるようになる、つまりコミュニケーション能力の向上につながっていくと思うのです。
嘉納
なるほどそういうことなんですね。明日からあらためて、私も社員に元気よく挨拶するようにします。松下校長がおっしゃった生徒に伝えたい三つのこと、非常に大事なことだと私も思います。人間しか持ち合わさない探求心や想像力を育むと同時に、他者を敬い、気持ちをおもんばかる調和の精神も身につける、そんな教育が今必要とされているのでしょうね。滝井の生徒さんも松下校長からそうした指導を受けられるのは心強いですね。
松下
嘉納さん、本学園の理事として、これからもぜひご意見、ご助言をお願いいたします。本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。